職人の年収はなぜ差がつくのか — 「腕」以外の3つの変数
- 職人の年収差は腕前だけでなく「所属(誰に雇われるか)」「証明(腕が言葉になっているか)」「商圏(誰から仕事を受けるか)」の3変数で大きく決まる。
- 技能検定や資格手当は、転職せずに年収を動かせる数少ない打ち手で、1級技能士は昇給・単価交渉の客観的な材料になる。
- 下請け階層の深い位置から浅い位置へ移るほど同じ作業でも実入りは増えるため、商圏の変数は独立時に最も効く。
「同期であいつと俺、腕はそんなに変わらないはずなんですよ。なのに年収、100万以上違うんです」
この愚痴、僕は何度も聞いてきました。皆さまの周りにもいませんか? 技能歴も腕前も同じくらいなのに、収入がまるで違う二人。理不尽に感じますよね。でも、この差にはちゃんと構造があります。そして構造が分かれば、動かせます。
先に言い切ってしまいます。職人の年収は、腕前という一つの変数では決まりません。僕が面談で使っている分解で言うと、変数は腕を除いて3つ。所属、証明、商圏です。今回はこの3変数の話をします。
0. 「平均年収」を見ても答えが出ない理由
年収の話になると、皆さん検索して平均値を見ます。公的なデータなら厚生労働省の賃金構造基本統計調査に職種別の賃金があり、相場観を掴むには役立ちます。ただ、ここで一つ落とし穴があります。平均値は、大手の設備部門で働く人と、深い下請け位置の一人親方をならした数字だということです。同じ職種の中の「幅」こそが職人の年収の本質で、平均はその幅を隠してしまう。ここが今回の隠れた主役です。あなたが知るべきは平均ではなく、幅のどこに自分がいて、どうすれば幅の上側に動けるか、です。
1. 変数① 所属 — 誰に雇われているか
一つ目の変数は所属です。同じ溶接、同じ左官でも、どこに所属しているかで待遇の天井が変わります。大手企業の設備・施工部門は、給与テーブル・賞与・退職金の仕組みが整っている一方、中小の専門工事会社や町場の工務店は、社長の裁量と会社の受注力に待遇が連動します。どちらが良い悪いではありません。大手は安定の代わりに技能の幅が社内需要に縛られがちで、町場は幅広い経験が積める代わりに待遇の底が浅いこともある。
1-1. 所属を動かすときの見極め
転職で所属の変数を動かすなら、見るべきは会社の看板の大きさではなく、昇給の構造です。具体的には3点。資格手当・検定手当の有無と金額。等級や役割で上がる給与テーブルがあるか。そして、10年上の先輩がいくらもらっているか(面接で聞きにくければ「40代の方のモデル年収を教えてください」と聞けば失礼になりません)。この3点が曖昧な会社は、入社後も曖昧なままです。
2. 変数② 証明 — 腕が言葉になっているか
二つ目は証明です。腕が同じでも、証明のある人とない人では扱いが変わります。理由は単純で、あなたの腕を毎日見ている親方以外の人(人事、取引先、施主)は、証明でしかあなたを測れないからです。
ここで効くのが技能検定です。技能検定は職業能力開発促進法に基づく国家検定で、合格者は技能士を名乗れます。資格手当の対象にしている会社なら、合格がそのまま月給に乗ります。手当制度のない会社でも、1級技能士は昇給交渉・転職・独立後の単価交渉のすべてで使える、持ち運び可能な証明です。僕の体感値で言うと、証明の有無は転職時の提示額で数十万円単位の差になって表れます。
2-1. 今日できる棚卸し
自分の証明を紙に書き出してみてください(15分)。国家検定・資格、社内の等級、任された現場の実績(数字で)、教えた人数。この4行が埋まらない方は、腕が収入に変換されない状態で働いています。まず埋めやすいところから、技能検定の受検日程を調べるのが最初の一手です。
3. 変数③ 商圏 — 誰から仕事を受けているか
三つ目が、一番大きくて一番語られない変数です。建設・製造の仕事は、発注者から元請け、一次下請け、二次下請けへと流れる階層構造の中で行われます。同じ作業をしても、階層のどこで受けるかで実入りが変わる。各層で管理費や経費が差し引かれていく構造上、これは避けられません。
雇われている間、この変数はほぼ会社が決めています。あなたの会社が深い下請け位置にいれば、あなたの給料の天井もそこに連動します。独立が年収を変え得る本当の理由は、腕が上がるからではなく、商圏の位置を自分で選び直せるからです。
3-1. 独立で商圏を変える、の中身
一人親方として元請けから直接仕事を受ける。施主から直接受注する。あるいは腕を看板にして指名をもらう。位置が浅くなるほど、間で引かれるものが減ります。ただし浅い位置には営業・見積もり・保険・責任という別の仕事がついてきます。この別の仕事の分量を見誤ると、収入は増えたのに時給換算では下がった、ということも普通に起きます。独立を考えている方は、当サイトの独立に関する記事もあわせて読んでみてください。
3-2. 商圏の変数は、雇われのままでも少し動かせる
商圏は独立で最も大きく動く変数ですが、雇われのままでも小さく動かす方法があります。それは、社内で「元請けに近い仕事」に手を挙げることです。施主対応のある現場、元請けとの打ち合わせに出る役割、見積もりの補助。会社の中での立ち位置を発注側に近づけておくと、給料への反映はすぐには小さくても、商売の景色が見えるようになります。そしてこの景色は、将来独立や承継を選ぶときの下見になります。逆に、現場の奥にこもり続けると、腕は上がっても商圏の感覚はゼロのまま10年が過ぎます。
会社選びの段階なら、その会社自体が下請け階層のどこにいるかを見てください。求人票や会社サイトの施工実績・取引先の書き方で、ある程度は読めます。元請け比率の高い会社は、同じ職種でも社員に払える原資が構造的に厚い。会社の商圏は、入社した瞬間からあなたの商圏です。
4. 3変数の動かし方 — 順番が大事
実務パートです。3変数は、動かす順番があります。
- まず証明(在職のまま・リスクゼロ) — 技能検定の受検、社内手当の確認。数ヶ月で動かせる
- 次に所属(転職・中リスク) — 証明を持ってから動くと提示額が変わる。昇給構造で会社を選ぶ
- 最後に商圏(独立・高リスク) — 証明と実績と客付きの当てを揃えてから。準備の記事を先に
逆をやる方が結構います。証明のないまま転職して足元を見られる。準備のないまま独立して深い下請け位置のまま孤立する。順番だけで結果がかなり変わるので、ここは強調しておきます。
年収の数字感について一応の目安を書いておくと、当メディア独自ガイドの目安値として、見習い〜若手で280〜380万円、証明と実績の揃った中堅で400〜550万円、証明×浅い商圏を実現した層で600万円超、というイメージを持っています。統計値ではなく、あくまで構造を説明するための目安値です。
4-1. 面談で出会った、対照的な二人
特定されない範囲で、実例を。ほぼ同年数の経験を持つ二人の職人さんと、同じ時期に面談したことがあります。一人は無資格のまま同じ会社に勤め続け、昇給は年功のわずかな上乗せのみ。もう一人は2級から始めて1級技能士まで取り、資格手当と等級昇格を重ね、さらにその看板を持って待遇の良い会社へ移っていました。腕の差は、正直、僕には分かりません。おそらく大差ない。でも年収の差は歴然としていました。差がついたのは腕ではなく、腕の「売り方」を設計したかどうかです。
4-2. 変数を動かすときの落とし穴
3変数の話をすると、全部いっぺんに動かしたくなる方がいます。資格を取りながら転職活動をして、同時に独立の準備もする。気持ちは分かりますが、おすすめしません。変数を同時に動かすと、どれが効いたのか分からなくなり、次の判断の精度が落ちます。それに、転職の面接で「近く独立を考えている」ことが透けると、採用側は当然慎重になります。一つ動かして、結果を見て、次を動かす。地味ですが、これが一番速い。
4.5 「時給換算」という物差しを持つ
年収の話の締めくくりに、もう一つ物差しを足させてください。年収の額面だけでなく、時給換算で見る癖です。年収500万円でも、長時間労働と長距離移動で埋まっているなら、時給に直すと400万円の職場より安いことがあります。移動時間、段取りの持ち帰り、休日の呼び出し。職人の働き方は、額面に表れない時間が多い仕事です。
転職や独立で条件を比べるときは、「その年収は、何時間でできているのか」を必ず並べて見てください。とくに独立直後は、営業も経理も自分の時間から出ていくので、売上が増えても時給が下がる期間が普通にあります。それ自体は悪いことではありません(投資の期間です)。ただ、その状態を把握しているのと、していないのとでは、次の一手の質が変わります。年収は他人と比べる数字、時給は自分の人生と比べる数字。両方持ってください。
なお、3変数の外側にもう一つ、時間という変数があることも忘れないでください。技能職の収入カーブは、事務職のような右肩上がりの直線ではなく、証明や商圏を動かした瞬間に段差で上がる階段型です。何もしなければ平らなまま。動かせば段差がつく。同期との100万円の差は、たいてい2〜3回の段差の累積です。
5.(結論)腕を磨く努力に、変換の設計を足す
腕を磨く努力は尊い。ただ、その努力を収入に変換する装置(証明・所属・商圏)の設計を怠ると、同期と100万円の差がつきます。差の正体は才能ではなく設計です。今日やることは一つ、自分の証明の棚卸し15分。そこからです。
自分は証明を足す段階なのか、所属を変える段階なのか、商圏に踏み出す段階なのか。現在地の整理には当サイトの適性診断が使えます。皆さんいかがでしたでしょうか。それでは今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 職人の年収の相場はどこで調べられますか?
公的データでは厚生労働省の賃金構造基本統計調査に職種別・地域別の賃金データがあります。ただし平均値は所属や地域でならされた数字なので、実際は同じ職種内での幅が大きい点に注意が必要です。本記事ではその幅が生まれる構造の方を解説しています。
Q. 転職せずに年収を上げる方法はありますか?
あります。代表は技能検定などの資格取得です。資格手当や検定合格の昇給制度を持つ会社では、合格がそのまま月給に反映されます。制度がない会社でも、1級技能士という国の証明は昇給交渉の客観的な材料になります。まず自社の手当制度を就業規則で確認することをおすすめします。
Q. 独立すれば年収は上がりますか?
商圏を変えられれば上がる可能性が高い、が正確な答えだと僕は考えています。独立の本質は下請け階層の中での位置取りを自分で選べるようになることです。腕が同じでも、施主や元請けに近い位置で受注できれば実入りは増えます。逆に深い下請け位置のまま独立すると、雇われ時代より不安定になるだけの場合もあります。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。