職人のキャリア戦略2026-09-01監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

多能工という生き方 — 複数の技能を持つ職人が後継者不足時代に選ばれる理由

この記事の要点

「一つの技能だけじゃ、この先食べていけないんじゃないか」——最近、そんな相談を受けることが増えました。

結論から先にお伝えすると、僕は今、複数の技能検定や資格を組み合わせて働く「多能工」という生き方に、追い風が吹いていると考えています。後継者不足で現場の人手が絶対的に足りなくなっている今、一つの工程しかできない職人よりも、二つ・三つの工程を渡り歩ける職人の方が、現場からも会社からも重宝されやすいというのが僕の体感値です。この記事では、なぜ多能工が選ばれるのか、実際にどんな組み合わせがあるのか、よくある失敗はどこにあるのか、そしてなるための現実的な手順を、順番に整理していきます。

0. 多能工とは何か——結論を先に

多能工とは、一つの技能検定・一つの職種に留まらず、隣接する複数の技能を組み合わせて働く職人を指す言葉です。例えば型枠大工が鉄筋工の技能も持つ、左官が防水工事もこなす、とび職人が玉掛けや移動式クレーンの資格も持っている、といった形です。単能工が「一つの工程を深く掘る」働き方であるのに対し、多能工は「複数の工程を横に渡る」働き方だと僕は捉えています。どちらが優れているという話ではなく、後継者不足という今の構造の中では、多能工の方が仕事の切れ目が少なく、収入も安定しやすい傾向にあるという話です。大事なのは、多能工は最初から目指すものではなく、一つの技能を土台として積み上げた「二階建て」のキャリアだという点です。土台がないまま二階を建てようとすると、後述するように、どちらの技能も中途半端になってしまいます。

1. なぜ今、多能工が「追い風」になっているのか

現場の人手不足は、一つの工程の職人が足りないという単純な話ではなく、工程と工程の「継ぎ目」を担う人材が足りないという形で顕在化していると僕は見ています。例えば型枠を組む職人と鉄筋を組む職人が別々にしかいない現場では、片方の職人が休むとその日の工程全体が止まってしまいます。ここに、両方できる職人が一人入るだけで、現場全体の進行が安定するのです。国が技能検定制度を通じて職人の技能を等級化し、可視化してきた背景も、こうした「組み合わせ」を評価しやすくする土台になっていると考えています。技能を複数持つことが、履歴書や職人名簿の上で「言葉」として示せるようになったことは、多能工が評価されやすくなった一因だと僕は見ています。加えて、元請け側の視点で見ると、一人の職人が複数工程を担える方が、下請けの人数調整や日程調整の手間が減るという実務上のメリットもあります。これは職人本人の技能の話であると同時に、現場マネジメント側の都合とも噛み合っているのです。人手不足が深刻な地域ほど、この傾向は強く出やすいというのが僕の肌感覚です。

2. 現場で見た二つの挿話

数年前、ある型枠大工の方から聞いた話です。彼は型枠一本で15年やってきたベテランでしたが、ある年、移動式クレーンの運転士資格と玉掛けの技能講習を取得しました。理由を聞くと「型枠の材料を運ぶのに、いつも誰かを待たなければならないのが嫌だった」という、実に現場らしい理由でした。資格を取った後、彼は自分で材料を運びながら型枠を組めるようになり、現場側からは「一人で二人分の役割を担える人」として声がかかるようになったそうです。彼自身は「技能を増やしたくて増やしたわけじゃない、待つ時間が嫌だっただけ」と笑っていましたが、結果として彼の稼働日数は以前より増え、閑散期でもクレーン作業で穴を埋められるようになったと話していました。

もう一人、左官の方の話も印象に残っています。左官として20年近く独立してやってきた方でしたが、外壁の左官仕上げの後に必ず防水工事の職人を別に呼ぶことに、長年もどかしさを感じていたそうです。同じ足場を使い、同じ壁を触っているのに、工程が分かれているせいで日程調整に時間がかかる。彼は50代に入ってから防水工事の技能講習を受け、左官と防水を一貫して請け負えるようにしました。結果、元請けからは「一社で完結できる」と評価され、閑散期にあたる冬場の受注が以前より安定したそうです。二つの話に共通しているのは、技能を増やす動機が「将来のため」という遠い理由よりも、「今日の現場で困っていること」だったという点です。僕はこの動機の方が、実際には長続きしやすいと感じています。

3. 単能工と多能工、数字で比べてみる

ここからは僕の現場感に基づく体感値の比較です。公的な統計として厚生労働省の賃金構造基本統計調査などが職種別の賃金傾向を示していますが、多能工という区分自体は統計上明確に分かれていないため、以下は僕が現場で見聞きした範囲の目安値としてご覧ください。

比較項目単能工(一つの技能)多能工(複数の技能)
年収の目安値おおよそ400万〜550万円おおよそ480万〜680万円
閑散期の仕事の有無季節・工程に左右されやすい別工程で稼働を継続しやすい
独立時に受けられる範囲一つの工程のみ複数工程を一括受注できる場合がある
2つ目以降の技能検定取得期間該当なし(1つ目は平均3〜5年)体感値で1.5〜3年程度に短縮しやすい

この比較で一番お伝えしたいのは、年収の差そのものよりも「閑散期の仕事の有無」の違いです。年収の上振れは、技能が増えたことの直接的な対価ではなく、稼働日数が安定した結果として生まれているというのが僕の見立てです。逆に言えば、稼働日数が変わらないまま技能だけ増やしても、年収の上振れは起きにくいということでもあります。組み合わせの例としては、左官と防水工の組み合わせ、とび職人とクレーン運転士・玉掛けの組み合わせ、塗装工と足場組立の組み合わせなどが現場では比較的よく見られます。いずれも「同じ現場で連続して発生する工程」を組み合わせている点が共通しています。

4. 多能工になるための現実的な3ステップ

多能工になりたいと考えたときに、僕がお勧めしている手順は次の三つです。所要期間の目安も併記します。

  1. 【期間の目安:1つ目の合格から3年前後】まず1つ目の技能検定に合格し、実務で3年ほど手が安定して動く状態を作る。土台が不安定なまま次に手を出すと、どちらも中途半端になりやすいというのが実感です。
  2. 【期間の目安:検討〜資格取得まで半年〜1年】次に、今の工程と物理的につながっている隣接工程を選ぶ。型枠なら鉄筋、左官なら防水、とびなら玉掛け・クレーンのように、現場で「待つ時間」や「継ぎ目」が生じている工程を選ぶと、習得後すぐに現場で使える実感が持てます。講習・検定の日程は職種によって異なりますが、玉掛け技能講習は数日、移動式クレーンの運転士資格は2〜3週間程度の教習が一般的な目安です。
  3. 【期間の目安:取得後半年】2つ目の技能は、講習・検定の取得だけで終わらせず、最初の半年は主力の技能の稼働を減らさない範囲で少しずつ現場に混ぜていく。急に比重を変えると、主力技能の腕が鈍る恐れがあるためです。

この順番で進めると、僕が見てきた限りでは、2つ目の技能が「お飾りの資格」ではなく、実際に現場で回る技能として定着しやすいと感じています。

5. よくある失敗と、広く浅くにしないための注意点

僕がこれまで見聞きしてきた中で、多能工化に失敗するパターンにはいくつか共通点があります。一つ目は「隣接していない工程を選んでしまう」失敗です。現場での接点がほとんどない技能を組み合わせても、稼働日数の安定には結びつきにくく、単に資格が二つある人になってしまいます。対処としては、今の現場で「自分が待っている時間」や「他の職人を待たせている時間」がどの工程で発生しているかを、まず洗い出すことをお勧めしています。二つ目は「1つ目の技能が固まる前に手を広げてしまう」失敗です。これは冒頭でも触れた通りで、土台が不安定なまま広げると、結局どちらも中途半端になり、現場からの評価も上がりません。三つ目は「体力配分を見誤る」失敗です。工程が違えば使う体の部位や姿勢も変わるため、二つの技能を並行して回すことは、想像以上に体力を使います。40代・50代で多能工化を考える場合は、体への負担が少ない組み合わせ(例えば力仕事同士ではなく、力仕事と細かい手仕事の組み合わせ)を選ぶことが、長く続けるための現実的な対処だと僕は考えています。

もう一つのリスクは「技能を増やすこと自体が目的化してしまい、どの技能も中途半端になる」というパターンです。僕が見てきた中で上手くいっている多能工の方には共通点があって、必ず「主力の技能」が一つ決まっています。主力の技能で年間の稼働の6〜7割を維持し、残りの3〜4割を新しい技能に割く、というくらいの配分が現実的だと僕は考えています。向いている人・向いていない人を軸別に分けるなら、人間力の軸では「現場の困りごとに自分から気づいて動くタイプ」が向いており、技術スキルの軸では「一つ目の技能検定にすでに合格している」ことが前提条件、職種経験の軸では「同じ現場で複数の工程を目にしてきた年数が長い」ほど、隣接工程の選定を誤りにくいというのが僕の実感です。この三つの軸のうち、技術スキルの軸だけは飛ばせません。名乗り方にも気を配る必要があります。名刺や職人名簿に「〇〇職人/〇〇資格保有」と両方を並べる場合でも、まずは主力の技能で名乗り、隣接技能は「対応可能」という形で添えるくらいの温度感の方が、現場からの信頼を損なわないというのが僕の実感です。

(結論)

多能工という生き方は、一つの技能を諦めることではなく、一つの技能を土台にした上での「掛け算」だと僕は考えています。後継者不足という今の構造は、一つの工程しかできない職人にとっては厳しい側面もありますが、複数の工程を渡れる職人にとっては、むしろ選ばれる理由になっています。技能を増やす前に、まず今の技能をしっかり固めること。増やすときは、現場の「継ぎ目」にある隣接工程を選ぶこと。そして体力と稼働の配分を見誤らないこと。この三つを守れば、多能工化は決して無理な挑戦ではないはずです。皆さんいかがでしたでしょうか。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 多能工になるにはまず何から始めればいいですか

結論として、今の技能検定にまだ受かっていないなら、まずそこを先に固めることをお勧めします。土台となる1つ目の資格が不安定なまま2つ目に手を広げると、どちらも中途半端になりやすいというのが僕の体感値です。1つ目の技能検定に合格し、実務で3年ほど手が動くようになった段階で、隣接する工程の資格を検討するのが現実的な順番だと考えています。

Q. 多能工は年収が本当に上がるのですか

僕の現場感で言うと、単能工の年収目安が400万〜550万円程度であるのに対し、多能工は480万〜680万円程度に上がる傾向があります。ただしこれは技能が増えた分の単純な足し算ではなく、閑散期に別の工程で仕事を継続できることが稼働日数を安定させ、結果として年収を押し上げているという構造です。技能を増やすこと自体が目的化すると、この上振れは起きにくくなります。

Q. 多能工は広く浅くになって信頼を失いませんか

結論としてその懸念は正しく、対策も明確です。2つ目以降の技能は「主力の技能を止めない範囲」で足すのが原則だと考えています。主力の技能で年間の稼働の6〜7割を維持し、残りを新しい技能に割く配分であれば、広く浅くにはならず、むしろ現場での役割が増える形になります。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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